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熊本地方裁判所 昭和43年(ワ)570号 判決 1970年1月20日

原告

石嶋又重

被告

日動火災海上保険株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

被告は、原告に対し四九一、一四一円およびうち四五六、七五〇円に対する昭和四三年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者双方の事実上の主張および認否

一、請求の原因

(一)  松岡茂は、昭和四二年六月二六日原動機付自転車(阿蘇町い第六五一号…以下本件自転車という。)の後部座席に妻亡松岡ツヨを乗せて、阿蘇町大字黒川二四〇番地先の道路を進行中、運転を誤り、同所のセメントブロック塀に本件自転車を激突させ、右ツヨに左前頭部挫創、脳硬膜下血腫の傷害を負わせ、そのため同女は同月三〇日死亡した。

(二)  右茂は、本件自転車につき、被告と自動車損害賠償責任保険契約を結んでいた。

(三)  原告は、右ツヨの実父であるが、昭和四二年一二月一三日前記交通事故によるツヨの阿蘇中央病院に対する診療費四五三、九五〇円および附添看護料四日分二、八〇〇円の合計四五六、七五〇円(以下本件費用という。)を同病院に支払つた。

(四)  右の本件費用の支払は、義務なくして他人のために事務の管理をした一種の事務管理であり、原告が支出した金額は管理者である原告が、本人である被告のために出した有益費たる性質を有するから、原告は、被告に対しその償還を請求できる。

(五)  よつて、原告は被告に対し次の金員の支払を求める。

1 有益費 四五六、七五〇円

2 右金員に対する昭和四三年八月一八日(本件訴状送達の翌日)から民法所定年五分の割合による遅延損害金

二、請求原因に対する答弁

(一)  原告主張の請求原因(一)から(三)までの事実は、全部認める。

(二)  同(四)の主張は争う。

原告の支払つた本件費用は、被告の債務ではないから、それによつて、被告のための事務管理は成立しない。

三、被告の相殺の抗弁

仮りに、被告に原告主張の支払義務があるとすれば、被告は本訴(昭和四四年一〇月九日の本件口頭弁論期日)において次の債権により、原告の右の債権と、その対当額において相殺する旨の意思表示をした。

被告は、昭和四二年一一月二九日原告に対し、ツヨの休業補償および慰藉料として、八、五〇〇円の支払をしたが、それは原告に支払われるべきものではないから、被告は原告に対し、その返還請求権を有する。

四、抗弁事実の認否

原告が、被告主張の日に、その主張の八、五〇〇円の支払をうけたことは認める。

五、証拠関係〔略〕

理由

一、原告主張の請求原因(一)から(三)までの事実は、すべて当事者間に争いがない。

二、ところで、自動車損害賠償保障法で定める自動車損害賠償責任保険(以下責任保険という。)の保険者は、同法の規定により被保険者または被害者に対してのみ支払の責を負うものであつて、その他の第三者に対しては、直接責を負うものではない。

三、そうだとすれば、仮りに、茂またはツヨが、本件費用を損害として、被告に対し請求しうるとしても、そのことから、当然に被告が、本件費用の債権者たる阿蘇中央病院に対し、直接その支払の責を負うものではない。

四、したがつて、本件費用は、被告の債務ということはできず、その支払によつて、被告の事務を管理したことにならないことは明らかであるから、原告の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく、主張自体理由がないものといわなければならない。

五、よつて、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中野辰二)

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